「1970年の夏」


目ん玉飛び出るような、

過去の事実が判明した( ゚Д゚)!

遠い昔、たぶん1969年か1970年ごろのことやと思う。
当時、だっちんは4歳か5歳。妹はたぶん3歳。

そのころは、山あいの小さな集落に住んでいた。

夏の日のこと。

近所でも名を馳せた猛女、まだ若き祖母が言う。

「おい、あいら居らん!」

これまた若い20代のオカン、慌てる。

「そういえば、〇〇を出してくれとか言うとった

……忙しゅうてちゃんと聞いてなかったけど……」

そして気づく。

「あっ! あいらの浮き輪が無い!!」

まさか、と思って慌てて集落近くの

川の淵へ探しに行った、らしい。

そこで見たものは――


河原に寝かされて、アブに刺されまくった妹(3歳)と、
幼児の肺活量でロクに空気も入ってない浮き輪で

遊んでいる兄(4~5歳)という、

なかなかシュールな場面だった。

どうやら妹は川で溺れかけていて、
「お兄ちゃんに助けてもらった」らしい。

幼い記憶に、そんなことがあったような気もする。

しかし、未就学の幼児だけで川に行っていたとは!

集落から川へ行くには、細い山道を下って、

岩場みたいな崖っぽいところを

降りなければならない。
しかも河原へ出るには、

川を渡らなければ行けない場所だった。

いや、危なすぎるやろ。

どうもウチの親には、
「無かったことにしたいことは言わない」
という習性があるらしい。

「兄が妹を助けた」

それだけは聞いていたけど、
そんなヤバいエピソードが

丸ごと付いていたとは……。

二人とも、いま生きてるだけで

丸儲けやんか。

もしかしたら妹が逝って、
おれはいまも十字架を背負って

生きていたのかも知れん。

そう思うと、ちょっと笑えない。

しかしこの件が、
ばーさんの信心を、

妙な方向に加速させたんかも知れんぞ。

……と思うと、それはそれでまたフクザツである。

追伸。

でも後日、集落の高学年が引率して、
児童だけで川遊びに行く――
そんな夏休みの日常に、

普通に子どもを行かせていたウチの親。

喉元過ぎれば熱さを忘れる。

その典型的な見本やわ。

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